| 数多く残された古墳 |

▲市尾墓山古墳 |
飛鳥の地は古くから石の都と呼ばれるほど、古墳や石造物、遺跡の宝庫として知られていますが、高取町にも統一国家発祥の地の証として、6世紀から7世紀末にかけて築造された古墳が大小合わせて800基に及ぶと言われています。
■束明神古墳
中でも佐田の春日神社境内にある、7世紀後半のものとされる「束明神古墳」は直径60mの範囲で造成された大規模な終末期古墳として有名です。
■市尾墓山古墳
また、近鉄・市尾駅近くにある、「市尾墓山古墳」は墳丘の全長が約70m、高さ約9mの6世紀初めの前方後円墳で、古墳の規模や石棺の遺物から、古代の有力な豪族の墓と考えられています。
|
| 日本三大山城 『高取城』 |

▲高取城跡 |
古代、渡来系氏族の「東漢氏」と「波多氏」が勢力をもって競っていた高取は、南北朝時代に豪族「越智氏」により、平成18年に日本百名城にも認定された、日本三大山城である「高取城」の基礎となる部分が築城されました。
近世になると、豊臣秀長の支持を受けた本多氏が入城し、近世的城郭として、現在残っている城跡の形へと整備されました。
江戸時代には、植村家2万5千石の城下町として栄えました。
|
| 高取の名刹 |

▲子嶋寺 |
高取町には、お里・沢市物語で名高い、壺阪寺(南法蓮寺)や、植村家の菩提寺で歴代の墓碑がある宗泉寺、平安時代に作られた国宝「紺綾地金銀泥絵両界曼荼羅図」で有名な子嶋寺などの名刹が残されています。
|
| くすりの町 たかとり |

▲壺阪漢方堂薬局 |
国道169号線を車で走っていると、「ようこそ くすりの町高取へ」という看板が見られます通り、大和の薬売りとしても高取は有名です。
薬とのつながりは古く、万葉の時代にまでさかのぼります。
飛鳥時代には宮廷行事の一つとして、「薬猟」が行われていたと言われています。
江戸時代には、既に伊勢街道沿いに売薬が始められ、元禄期になると「先用後利」(先に薬を使い、代金は後払い)という独特の商法で、親しまれました。
今も製薬産業や家庭配置薬業は、高取の主要産業となっています。
|